The other side of urban city life
リリース記念対談
HAPPYSAD ×JEFFREY YAMADA
第七回「バンドやってると思えば」
草野:そういえば三蔵法師を知ってますか?
山田:西遊記だね。
草野:・・・のモデルになっている僧侶ですね。
あの人って、国外に出てはいけないという法律を破って中国を出て、
シルクロードを経由してインドに向かうじゃないですか。
山田:ほう。
草野:それはひとえに、オリジナルのインドの言葉で書かれた仏典を
自分の目で見たいという純粋な気持ちで行くわけですよ。それってものすごいことですよね。まず法を犯してまで、自分の追い求めるものに対して忠実であったこと。彼は外交手腕に長けていて人あたりもよかったので、シルクロードの
国々をなんとか通過してインドに辿りつくわけです。
で、インドに到着してから、優秀な成績で現地の教えを色々習得するわけです。
そうしてオリジナルの仏典を持って、今度は中国に戻ってくるという。
山田:「黒船が来た」って言うから、ボートを漕いで黒船を見に行った
吉田松陰みたい(笑)
草野:でもそういうことですよね。
それだけピュアというか。
山田:そう!明治維新の人達とかさ「外国人なら世界の色んなことを知ってるに違いない」とか言って、むこうの言葉しゃべれないのにむかっていくじゃない?(笑)彼等はそういうことに駆り立てられるわけだよね。そうせざるをえないというかさ、きっと楽しいんだろうね。
草野:そうなんでしょうね。
山田:周りから見たら、なんでそんなクレイジーなことをやるの?っていう人いるじゃない。僕思うけど、DTM、自宅録音とかだってさ、よくやるなあって思うよ(笑)あれだってさ、ほとんど仏像彫ってる世界なわけじゃん?
草野:仏像!DTMは現代の仏像だった説、ですね(笑)
山田:ノミをこうふるって、何度も見ながら彫っていくみたいな(笑)
草野:それでちょっとお金のある彫り師になると、スタジオ行ってお金かけて
生楽器を全部音声収録してつくるという(笑)
山田:そうそれってさ、生楽器である必要ないじゃん?
機材がノミでありカンナであるわけじゃん。
草野:そうです。僕の場合はお金あるわけではないし。
でかいスタジオを借りるわけでもなく、自分の部屋でやるという。
山田:優れた彫り師は一本の丸太とノミを持っていれば出来るわけでしょう?
そこに命を吹き込むわけだね。
草野:DTMでもすごい人はいますもんね。もう、顔の中から何重にも顔が割って出てくる仏像つくっちゃう人とか。
山田:口の中からたくさん大仏が出てくるやつとかね(笑)
草野:DTMの機材でも、エキセントリックな仏像を作り出す
機材があって。そういうものへの理解がある人を僕はリスペクトします(笑)
山田:現代の運慶・快慶として、丸太一本とノミ一つでDTMやって下さいっていう(笑)
草野:(笑)
そう考えると昔の彫り師の人達はすごいですね。
想像力、イマジネイションが豊かすぎですよ。
山田:今ってネットもあるし、逆にイマジネイションって薄まっちゃうんじゃないかな。あの方々ってさアウトプットがそんなに無い中でつくってるからさ、
ここぞという時に穴からたくさん出るけど、現代人の我々は普段から色々出てしまっているわけで。
草野:僕等は過去の音楽を聴いてインプットして、こだわってしまいます。
でも、ある一定のところまで来たら、そのインプットを捨ててゆく方が固定観念から脱却できるような気がします。
山田:うん。
草野:情報を入れると同時に情報を捨ててゆくことが今後大切になるんでしょうね。
山田:人付き合いは苦手としても、やはり相手というものがあるじゃない。
そうすると、究極的な内側の世界っていうものは禅の世界になるのかな。インドの修行僧には数十年かけて穴掘って、そこに数十年座禅して死んでゆくのが至上の喜びとするっていうのがあるよね。
草野:片足を上げたままとか、ずっと地べたにすわったまま、何年も何十年も瞑想して座禅組んでとかですね。
山田:すると最後には人から言われてどうこうとかではなくなっている。
きっとそうなった時に色んなことが見えているんだろうね。哲学の話じゃないけど、今目の前に見えているものが幻想だとするなら、何処にも行かないで、一人でじっと部屋にいてっていうのでもいいわけだ。
草野:というか、それ以上の風景を見るのではないでしょうか?
アメリカの禅の僧侶だったか誰だったか忘れましたけど、とにかく高名な僧侶がいるそうです。その姿を見たことのある人が言っていた話があります。
その僧侶は高級車に乗って移動をする。高級車から降りると、目の前に子供達が遊んでいるのが見える。彼は何の屈託もなく子供達に混じって一緒に遊び出す。
つまり、彼にとって車なんてどうでもいいわけです。
そういうものはとっくに越えている、だから物質的なものがあろうがなかろうが
彼自身の中にある価値は変わっていないんですね。
山田:なるほどなるほど。
草野:便利であれば便利なものを使うし、無邪気に子供とも遊んでる、
そのどっち側にも行き来ができること。ものにとらわれているわけでもない。
そういう境地はすごいですよね。ただそんなところへは僕らにはなかなか行けないわけで。
山田:そうねえ。何がそれを邪魔するんだろうね。こう思われたくないとか周りの目なのかな。
草野:そうなんじゃないですかね。なんだかんだでそれが無い人っていないじゃないですか。「そんなのないよ」って自分で宣言したとしても。
そういえば以前どこかで「Don’t trust under 80」っていう催しをやってましたね(笑)
山田:(笑)
草野:つまり80歳以上の人を連れてきて、80歳以下の人達を信じるなっていう(笑)結局、80歳以下の人があーだこーだ言うのってそんな大したことじゃないよって言ってしまうという。
山田:そのステージに立たないとわからないことってあるんだろうなあ。
やっぱ三十歳越えてなにか変わった?
草野:変わりましたねえ(笑)
山田:はははは(笑)
草野:変わったていうか、楽になりましたね(笑)
二十代は無意味なことにこだわるじゃないですか。といっても、その時の自分にとっては無意味ではないと思うんですけど。まあそんなにこだわらないでもいいよ、っていう。こだわらないっていうと、またニュアンス違う気もしますけど、
リキまなくていいよ、と(笑)
山田:少なくとも子供の時の見ている大人と、大人になってからの大人は違うよね。
草野:エゴが溶けてゆくのはあるんじゃないですかね。
何でも人と楽しんでるのがいいですもん。無駄なエネルギーも割かずに。あと、出来ないことを無理矢理やろうとしないで、出来ることをやっていく感じですね。
山田:それ、「人のいい所をほめて伸ばそう」みたいだね(笑)
草野:結構僕はそっちの人ですね。
何かしなきゃならない時に、人のわるいところを攻め立てるばかりの
人いるじゃないですか。あれは意味ないですよね。
人間変わらないところは変わらないので。
山田:(笑)
草野:何でもそうですけど、バンドやってるみたいな気持ちでやれば
いいのではないかと思っています。人となにかをする時はあんまり立ち位置とか立場的なものを意識しないほうがいいんですよ。
山田:そう。その話は絶対そうよ。本当素晴らしいわ。そう思う。
仕事とかでもさ、上の人が「部下の気持ちがわからない」とか言うけど。
バンドやってるとか思えばさ「ああいうやつバンドにいるよね」で
大体済んじゃうもんね。「そういう奴いるいる」とか言ってさ。
その程度なわけよ。
草野:(笑)
山田:スタジオ代払わないでばっくれちゃって、
「この前払ってないんだから払えよ」ってお金を請求したら
「なんで俺が払わなきゃいけないんだ」とか言うような奴とかさ(笑)
草野:そんなもんですよ。そんな大したことじゃないんですよね(笑)