homme less

ドキュメンタリー映画「Homme less」を観る。

NYのアパートの屋上で暮らすフォトグラファー/日雇い俳優である

マーク・レイさんの生活。

家を持たないというのは、

物理的な制約を減らして生きる、ということで、

無駄がない暮らしだと思う。

面白いのは、都会で生活をしながら、

都市生活者をさめた目で見ているのだけど、

世俗を超越しているように見えて、

とてもステータスのある仕事や、現実的な理想に目を向けている。

神話学者ジョーゼフ・キャンベルのこんな引用が作中に出てくる

「無上の喜びを追及せよ、そうしたら、思いがけないところで扉が開く」

マークさんはその言葉をこういい変える

「無上の喜びを追及せよ、だがそれには悪夢の中で生きる覚悟がいる」

こういう言葉は、葛藤の深さを感じさせるけれど、

ジョークを忘れない洒落たおじさんなのが微笑ましい。

レールから外れて生きる必要がある時に、

その悪夢も、開く扉も、本当に存在するものだと思う。

生きてる限りは、その扉が開こうが、閉じていようが、

各々の理想に向かって行動を続けるしかない。

この映画を観ていてなんだか清々しいのは、

きっと、主人公のマークさんが人柄にずるさを持っていないからだろう。

立ち位置を守ろうとする人は、厄介ごとを避けるためにずるくなる。

そのずるさを隠すために、対外的にもっともな理由づけすら行う。

周囲を伺い、同調するように手のひらを返してみたり、

他人がどういう気持ちで生きているか、という事にすら思いは及ばない。

不必要な荷物は減らし、自在に身軽に生きてゆく。

ずるいことは、しなくていい。

限りある時間を真っすぐに生きるだけ。

このドキュメンタリーはそう言っているように見える。

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